バイリンガル教育よりも大切なこと

投稿日(Posted on): 2023年9月12日 | 最終更新日(Last Updated on): 2023年12月6日 by 河野傑

 バイリンガル子育てでは、流暢で均等なバイリンガルにならなければ、アイデンティティで悩むのではないか、自己肯定感が持てないのではないかと心配するあまり、いわゆるお勉強や教育ママ・教育パパになってしまいがちです。今回のコラムでは、言葉を教えて流暢で均等なバイリンガルを目指すことよりも、気持ちを認めて寄り添ってもらうことのほうが、自分は自分と思えるような自己認識につながっていくというお話です。言語獲得においてカギになるのは、言語獲得以前の愛着形成かもしれません。

   

子どもをバイリンガルに育てる方法のひとつに、One parent, one language(「一人一言語」のアプローチ)という方法があります。子どもとコミュニケーションをとるときに、親によって言語を変えるのです。

   

例えば、父親が英語で話して、母親が日本語で話すということですね。話すことに自信がある方の言語で話せばよいとか、自然にコミュニケーションできる方の言語で話せばよいなどと言われます。

   

このone parent, one language という方法は、確かに合理的です。子どもにとっては、人、つまり親によって切り替えればいいということで、わかりやすいような気がします。

   

でも、これって難しいこともあります。例えば、まず、家族全員で話している場合はどうするのかという課題があります。食事の時など、家族みんなで出かける準備をしているときなど。

   

もうひとつ、子どもは父親の方の言語で話すのか、母親の方の言語で話すのか、一人一言語のアプローチでは、子どもの話す言葉までは、考慮されていないのです。(川上編(2013)の第15章で言及)

   

ここでちょっと立ち止まって考えてみると、one parent, one language をしなければならないと思うのには、いろいろな背景があるようです。「敏感期、あるいは臨界期があるとされる幼児期に、教えないといけない」と思っていたり。「国際結婚なのに、2言語話せないと恥ずかしいとか、親がちゃんと教えていないと批判される」と恐れていたり。このような思い込みがあることも少なくありません。

   

しかしながら、川上編(2013)では、以下のような記述もあります。第15章で、「「親が〇〇人なんだから、子どもも〇〇語を話すべきだ」という我々の勝手な思い込みは捨てたほうがいい」「よくアイデンティティと言語能力は相関関係にあるといわれるが、決してそうではない。話せなくても自分のルーツを肯定的に受け止めている」その上で、「子どもの複言語意識」を育て、「親との関係性」を育むことの大切さに言及されています。

   

言語獲得のプロセスは、複雑なものです。同時に、国際結婚やバイリンガル子育ては、本当にいろいろなカタチがあります。移動、環境といった家族の歴史はさまざまです。そして、将来の見通しもさまざまでしょう。さらに、子どもの考えや気持ちも育っていきます。

   

言語というのは、ツールでありながらも、言語獲得以前の愛着が土台になっているとよく感じます。好きな先生の教科は、得意になったり好きになったりすることが多かったのと似ています。その先生は、生徒を認めてくれていたり、生徒に対する話し方や接し方がよかったり、自分にとって合っていたのではないでしょうか。

   

愛着は、好意も含めた心理的な安全、安心感、信頼感からなっていると考えられます。言葉は、自らの気持ちや考えを伝えるツールであるから、言葉が出てきた頃から教えるものと思いがちです。言葉を伝えるそれ以前の愛着形成こそが、言葉を伝える土台になっているのです。

   

流暢で均等なバイリンガルでなければ、アイデンティティで悩むのではないか、自己肯定感が持てないのではないかと心配して、その子にとって過剰に絵本を読んだり、過剰にドリルをやらせてしまったり(ある程度は大事ですが)しまいがちです。そういったいわゆる「お勉強」だけではなく、遊びの場面しかり、食事やトイレやお風呂などで、子どもの気持ちや欲求を認めて寄り添うことが、結果的に言葉を伝えるということになっているのかもしれません。

   

子どもにとって、言葉をおぼえて流暢で均等なバイリンガルを目指すことよりも重要ですが、気持ちを認めて寄り添うことも、同じくらい重要で健全な自己肯定感の形成につながっていくと思われます。

   

参考文献

川上郁雄編 「移動する子ども」という記憶と力 ーことばとアイデンティティ 2013年 くろしお出版

フランソワ・グロジャン著 西山教行監訳 石丸久美子・大山万容・杉山香織訳バイリンガルの世界へようこそ 複数の言語を話すということ 2018 勁草書房


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