父親の産後うつとは
出産を迎える家庭では、母親の心身の変化に注目が集まる一方で、父親の心理的負担についてはあまり知られていません。
しかし、父親の産後うつ(prenatal and postpartum depression in fathers)は決して珍しいものではなく、Raoら(2020)のメタ分析によれば、父親の約7〜9%が子どもの出生後にうつ状態を経験し、そのピークは出生後3〜6か月の間に9.23%に達すると報告されています。
これは、母親の産後うつに比べると認知度が低いものの、実際には家族にとっても、父親にとっても深刻な問題となり得ることを示唆しています。
心理カウンセラーによるカウンセリングは、診断や治療を目的とするものではありません。
しかし、日々の生活の中で心が疲れてしまうことや、不安や孤独を抱えることは誰にでも起こり得ることです。
このコラムでは、父親が抱えがちな心理的負担について、具体的な状況を紹介しながら、セルフコンパッションの重要性について考えていきます。
父親の心理的負担の増大
近年、共働き世帯の増加に伴い、父親の育児参加が当たり前のこととされるようになりました。
育児休業の取得を促進する動きもありますが、現実には以下のような状況に直面する父親が少なくありません。
- 仕事の負担が減らない:育児休業後に職場復帰した際、業務量が一気に増えるケースがある。
- 育児の難しさ:努力しても、子どもが思い通りに反応してくれない。
- 社会的期待のプレッシャー:職場では「良き社会人」、家庭では「良き夫」、さらに「良き父親」であろうとするプレッシャーがある。
- 孤立感:「他の父親は仕事も家庭も両立しているのに、自分はうまくいかないのでは」と感じる。
こうした要因が重なることで、父親の気持ちが追い詰められてしまうことがあります。
育児の夜を乗り越えた父親の視点
私自身、幼い頃の記憶はないものの、母から聞かされた話があります。
私の父は、「明日仕事があるんだ。寝かせろ!子どもを泣きやませて、静かにさせろ!」と言うタイプだったそうです。
母は仕方なく、ぐずる子どもを抱っこし、外に出て夜風にあたりながらあやしたそうです。そして、子どもが眠ってから家に戻っていたそうです。
そんな私が親になったとき、赤ちゃんがぐずったら、授乳やミルクの時間ごとに目を覚まさなければならない妻に、少しでも眠ってもらうために、夜中に私が抱っこして別の部屋でゆらゆらし、子守唄を歌ったりしました。
赤ちゃんが眠ってくれると、そっと妻の横に置き、一緒に寝かせました。
しかし、すべてが順調にいったわけではありません。
のけぞったり、えびぞりしたり、泣きわめいたり、30分以上抱っこしてゆらゆらしても寝てくれなかったこともあります。
ただ泣き続ける赤ちゃんを抱っこして途方にくれることも何度もありました。
こうした状態が続くと、次第に心の余裕がなくなってしまうことがあります。
仕事中も育児の疲れが残り、集中力が低下したり、慢性的な疲労感が抜けなくなったりするかもしれません。
些細なことでイライラしやすくなり、周囲とのコミュニケーションもうまくいかなくなることもあります。
また、周囲に「大変そうだね」と気遣われても、「自分は父親なのだから、これくらいで弱音を吐くべきではない」と思い込んでしまい、誰にも相談できずに孤立してしまうこともありました。
「いつ泣きやむかわからない、そして自分がいつ眠れるかわからない」「明日の仕事に影響が出るのではないか」と考え始めると、気が休まらず、疲労が蓄積し、次第に気力が湧かなくなることもあります。
こうした状態が続くと、心身に大きな負担がかかることがあります。
セルフコンパッションの重要性
こうした状況に対処するためには、セルフコンパッション(Self-compassion)の視点が不可欠です。セルフコンパッションとは、自分を責めるのではなく、優しく受け入れ、共感し、ケアする姿勢を持つことを指します。
セルフコンパッションの理論はクリスティン・ネフ(Kristin Neff)によって提唱されており、主に以下の3つの要素から構成されます。
- 自己への優しさ(Self-kindness):失敗や困難を経験したとき、自分を責めるのではなく、温かく受け入れる。
- 共通の人間性(Common humanity):自分の悩みは特別なものではなく、誰もが経験するものだと理解する。
- マインドフルネス(Mindfulness):感情を否定せず、ありのままに受け止める。
例えば、「他の父親はもっと育児をうまくやっている」と感じるときに、「自分も頑張っている。完璧でなくてもいい」と考えることが、セルフコンパッションにつながります。
支援を求める勇気を持つ
父親の育児に関する不安や負担は、決して一人で抱え込む必要はありません。
- 育児は一人で抱え込まない:パートナーや周囲と協力し、タスクを分担する。
- 心理的支援を受ける:カウンセリングやサポートグループの活用。
- セルフコンパッションを実践する:自分の状態を受け入れ、無理をしすぎない。
助けを求めることは決して恥ずかしいことではありません。
大倉山カウンセリングでは、父親の育児や家庭の悩みについての相談を受け付けています。どうか一人で抱え込まず、気軽にご相談ください。
参考文献
- Rao, W. W., et al. (2020). Journal of Affective Disorders, 263, 491-499.
- Kristin Neff. (2011). Self-Compassion: The Proven Power of Being Kind to Yourself, Yellow Kite.
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