子どもの「できない」に、イライラしてしまうとき――沈黙期と“信じるまなざし”


「まだできない」に、ため息が出る

「鼻水が出ていても、ティッシュでかまない」「朝、その日に着る服を自分で用意できない」「ランドセルを玄関に放りっぱなし」「宿題もプリントもぐちゃぐちゃ」……。

小学校になっても、子どもがまだ“自分でできない”ことに、苛立ちを覚えてしまう自分がいる。何度言っても変わらない。むしろ反発される。そんな日々に、ため息が出ることはないでしょうか。

「親の言うことを聞かない」ではなく、“準備中”の可能性

けれどその“できなさ”の裏には、単なる意欲の問題ではなく、発達段階や文化的背景、そして心の準備段階があるかもしれません。

私たちが支援する「外国につながる子どもたち」は、日本語や日本の生活文化を学びながら、家庭とは異なる言語や習慣のなかで暮らしています。

学校では無意識のうちに「日本の子どもらしさ」や「自立」を求められますが、それは簡単なことではありません。

言語の習得には「沈黙期(silent period)」と呼ばれる段階があります。

スティーブン・クラッシェン(S. Krashen)の第二言語習得理論では、子どもが新しい言語環境に身を置かれたとき、まず「聞くこと・見ること」に集中し、話したり表現したりするまでに時間がかかるとされます。

これは言語だけでなく、生活習慣や“やるべきこと”を理解し、行動に移すプロセスにもあてはまります。

つまり、「できない」のではなく、「準備中」である可能性もあるのです。

エリクソンの発達段階にみる「勤勉性」と「劣等感」

また、発達心理学者エリク・エリクソン(E. Erikson)は、児童期を「勤勉性 vs 劣等感」の段階とし、「できるようになる」経験の積み重ねが自己肯定感を育むと説きました。

ただし、それは一律のスピードではなく、子ども一人ひとりの文化的背景や安心感の土台によって、タイミングが異なるのです。

苛立ちの奥にある“願い”と“罪悪感”

親としては、「もう小学生なのに」「教えてもやってくれないし、やろうともしてくれない」「間違ったまま、子どものやり方でやり続けている」と思うこともあります。

それは、「こんなふうに育ってほしい」という願いがあるからこそ。そして、「自分がちゃんと教えてこなかったのでは」という罪悪感や無力感が、怒りの形を取って現れることもあります。

そうしたとき、行動療法家のアーロン・ベック(A. T. Beck)の認知理論にあるように、自動思考――「こんなこともできないなんて」「教えたのにできないのは怠けてるからだ」などの思い――に気づくことが、親自身の感情との付き合い方の第一歩です。

変わらなくても大丈夫

「自分で変わる力があると私は信じているよ」これは、子どもを変えようとする“期待”ではなく、「今のままでも、あなたは大丈夫」という“信じるまなざし”です。

子どもが変わらなくても、親自身が「待つこと」「見守ること」を通して変わっていける。そこには、親もまた「親としての成長の途上にある存在」だという自己受容が含まれています。子どもが失敗しても見守れる親であろうとしているか、そんな旅の途中にいるのかもしれません。

子どもの「沈黙」と「できなさ」の背景を支える

Multicultural Kids & Families Supportでは、「家庭」「学校」「社会」「文化」のあいだを行き来する子どもたちの声なき声に耳を傾け、子どもたち、そして親や保護者も安心して自分らしさを育んでいけるような支援を目指しています。

鼻水をかむことも、宿題を出すことも、もしかしたらまだ「安心してできる場」や「伝え方」を探している段階かもしれません。

大人の側がイライラしてしまうときこそ、「できていないことの奥にあるもの」を見つめ直すタイミングなのかもしれません。

ひとりで見守ろうとするその責任感はとても立派です。それだけでなく、ときどき、私たちと一緒に見守っていきませんか。

目に見える行動だけでなく、その背景にある沈黙や戸惑い、準備段階を理解するまなざしが、やがて子どもを内側から変えていく力になるのです。

参考文献

・Krashen, S. (1982). Principles and Practice in Second Language Acquisition. Pergamon Press.
・Erikson, E. H. (1950). Childhood and Society.
・Beck, A. T. (1976). Cognitive Therapy and the Emotional Disorders. International Universities Press


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