マミーギルトという言葉があります。母親が子育てをするなかで子どもに対して持つ罪悪感です。このマミーギルトというのは、子どものことを心配するあまり、「こうしなければならない、でもできなかった、だからだめな親だ、親失格だ」というストーリーを作り出してしまうのです。背景には、ありのままの子どもを信頼できていないかったり、子ども自身で課題を解決するチカラが育っているのに、それが見えていないこともあります。子どもを子どもあつかいして、足りないと思うあまり、親自身が何かしなければならないと思ってしまうのです。ですから、今回のコラムでは親の立場からだけでなく、子どもの立場からも見直してみることをおすすめしたいと思います。
子育てで養育者ができることは環境整備と思っていても、家に、おもちゃや道具がひとつしかないことがあります。
そのひとつしかないおもちゃや道具を巡って、兄弟で取り合いが起こります。
最近、お兄ちゃん(5歳)と弟くん(3歳)が兄弟げんかをしました。
とある道具を使いたかったそうなのです。
その道具は一つしかありませんでした。
ふたりでけんかして、お兄ちゃんも弟くんもなきわめいた後、お兄ちゃんは「またあした、もういっこかって」と親である私に言って、3歳の弟くんにゆずる場面が見られました。
(明日は買えないけど・・・)と思いつつも、ようやく兄弟げんかと泣きわめきがおさまったことに安堵しました。
同時に、お兄ちゃんに我慢させてしまったかなと、親としては悪かったかなと思ってしまいました(弟くんはうれしそうに使っていましたが・・・)。
自分がそのおもちゃを使えないという満たされなさ、相手に取られてしまった怒りという負の感情をある程度抑えられるようになって、成長してきたなと思う反面、お兄ちゃんだからという意識で日頃接している(言っていなくても)せいか、役割を押しつけて無理させているのかなと、心配になったりします。
さらに、ケンカはよくないこと、泣くのはよくないこと、兄弟は平等でなければならないという考えがあったのかもしれません(ケンカはよくないですが、あるていどは仕方がないかも・・・)
親なんだから、兄弟間の不平等や不満足をなんとしても解決しなければならないとも思ってしまいます。
また、親なんだから、正しく教えなければと思うこともあります。
仕事の時間だからとか、もう寝ないと・・・とスケジュール的な焦りもありますよね。
ケンカや衝突を回避するために、同じおもちゃを2つ買ったり、予防策を取ろうとするかもしれません(そんなことは、いつもできないのですが・・)
マミーギルトという言葉があります。
母親が子育てをするなかで子どもに対して持つ罪悪感です。
このマミーギルトというのは、
子どものことを心配するあまり、こうしなければならないと思う。
でも、実際には思う通りにできなかった。
だから、自分はダメな親だというストーリーを作り出してしまうのです。
私の母親もよく言っていました。
「子どもの向いていることを見つけてあげられなかった」と。
ベクトルが「親が」なんですね。
ありのままの子どもを信頼できていなかったり。
自分の子どもはこうあってほしいという思いが強すぎたり。
それは、愛情がゆえの思いかもしれませんが、呪縛にもなりかねません。
子ども自身で課題を解決するチカラが育っているのに、それが見えていないこともあります。
子どもを子どもあつかいして、足りないと思うあまり、親自身が何かしなければならないと思ってしまいます。
ですから、「待たせた」、「待ってもらった」という親の立場からだけでなく、子どもの立場からも、見直してみることをおすすめしたいと思います。
待てること。
少し先の満足を予測して、今は待てるということ。
時間の見通しをもっていること。
他者への配慮。
いずれ手に入ることを信じている。
親を信じてくれていることなど。
いろいろなことが見えてくるのではないでしょうか。
ですので、親が我慢させたという罪悪感よりも、子どもが待てたことを認めてほめてあげるのもひとつの考えだと思います。
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