「月の兎」の罪悪感を癒やすヒント

投稿日(Posted on): 2023年9月6日 | 最終更新日(Last Updated on): 2023年9月6日 by 河野傑

   

「月の兎」のお話を知っていますか?

私は小さい頃に、テレビで見たり、絵本で読んだりした記憶があります。

今回のコラムでは、この「月の兎」を題材にして、

罪悪感を癒やすヒントを考えていきたいと思います。

   

まずは、お話を振り返ってみましょう。

森で、さる、カワウソ、うさぎなどの動物たちがなかよく暮らしていました。

ある日、お腹を空かせたおじいさんがその森のなかに倒れていました。

動物たちは、そのおじいさんを助けようとします。

さるは、木に登って木の実を取ってきます。

かわうそは、川で魚を取ってきます。

そして、そのおじいさんにあげるのです。

でも、うさぎだけ何も採ってくることができませんでした。

うさぎは、「おじいさん、私を食べて」と言って、燃えさかる薪の炎に飛び込んでしまうのです。

実は、このおじいさんは神様(=帝釈天)でした。

神様は、うさぎの自己犠牲の精神を讃えて、

人々がずっとこのうさぎを覚えているようにと、月にその姿を残したそうです。

こんなお話でした。

   

瀬戸内(2007)によりますと、

このうさぎの行いは「犠牲奉仕と忘己利他の精神から生まれる慈悲こそ愛の極限」であると、

書いてありますし、このような解釈が一般的なのかなと思います。

   

しかしながら、これほどお手本とするのに難しいものはないような気がします。

内容が衝撃的で、なかなか納得しにくい童謡のひとつだったのではないでしょうか。

   

ご存知の方もおられると思いますが、

この「月の兎」のお話は、仏典のお話です。

そして、うさぎはお釈迦様の前世での姿だと言われています。

   

松本(2019)では、うさぎが炎に飛び込むものの、

おじいさん(神様)の計らいで、うさぎは焼かれずに済むというバージョンもありました。

この展開であれば、気持ちだけで十分なのだとわかります。

私はこのお話を子どもの頃に読みたかったと思いました。

   

また、

どんな場面でお釈迦様がこのお話を語られたのかというのもポイントです。

   

松本(2019)によると、

「仏典になぜこのような比喩が説かれているのかといえば、それは、物惜しみする人々に反省の気持ちをおこさせるため」とあります。

   

さらに、松本(2019)では、

「自分の身を捨てて困っているものを救済するテーマの話を「捨身供養」といいます。捨身供養は誰にでもできることではなく、釈尊の前生ボーディサッタだからこそ可能なのです。軽々にまねるべき行為ではありません。捨身供養はあくまで比喩(譬え話)なのです。」とあります。

   

つまり、うさぎのような行いは、お釈迦様だからこそできる自己犠牲なのですね。

私のような凡人は、その爪の垢を煎じて飲むくらいのことしかできない。

いやむしろ、その爪の垢を煎じて飲むくらいでいいのでしょう。

   

仏典を題材にした童話ですし、童話を批判的にみても仕方ないのかもしれません。

いろいろな解釈や教訓を見出せる深い作品だと思います。

私の頭がカタイだけかもしれません。

幼い頃の私は、直球で単純であるがために、苦しい理解をしたのかもしれません。

   

本来うさぎは草食動物です。

肉食動物のように狩りができないのは当然です。

草や花を取ってきておじいさんにあげたり、

うさぎの得意の跳躍を活かして踊ったりしてもよかったのかもしれません。

誰かの期待や周りとの比較にとらわれているうちに、自分の持ち味を見失ってしまう。

                                          

罪悪感を癒やす心理学も同じです。

これまでは、誰かの期待に応えようと思っていたかもしれません。

だれかの人生を代わりに生きようとしていたのかもしれません。

だれかの期待に応えられないことで、

だれかのようになれなくて、

自分を否定したり、罪悪感をもったりする必要はありません。

誰かの人生を正解だと思い、そのようにできない自分を責めてしまう必要はなかったのです。

   

なお、童謡のもとになった仏典には、語られる場面があり、語られた意図があります。

この月の兎のお話は、「資産家が、釈尊をはじめとする仏教僧たちに布施しようと考えている、修行僧たちを自分の家に招待し(中略)、七日間にわたってもてなし、七日目にはさまざまな生活用品を布施した時に、感謝の意を表して、説かれたお話」(松本(2019)のようです。

場面や意図がわかると、印象も変わりますよね。

   

罪悪感の背景には、全能感がある場合が少なくありません。            

でも、「できるはずなのに」と思っていると、苦しいときがあると思います。

できない自分を責めてしまいます。

できないことは悪いことではありません。

やってみてできなかったら、ナイス・チャレンジ!の精神でいいと思います。

できることをやっていけばいい。

できたことを認めていこう。

そう思うといいんです。

そう思っていいんですね。

   

【参考文献】

・松本照敬 「ジャータカ 仏陀の前世の物語」 角川ソフィア文庫 平成31年(2019)

・瀬戸内寂聴(文)・岡村好文(絵) 「寂聴おはなし絵本 月のうさぎ」 講談社   2007年

・フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」月の兎

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88%E3%81%AE%E5%85%8E(2022年10月26日参照)

・成田善弘「強迫性障害―病態と治療」医学書院 2002年


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