Receive the children in reverence, educate them in love, and send them forth in freedom.
— Rudolf Steiner, Rhythms of Learning: What Waldorf Education Offers Children, Parents & Teachers子どもを畏敬の念をもって迎え、愛をもって教育し、自由の中へ送り出すこと
ルドルフ・シュタイナー(教育哲学者)

信じて見守ることが大切
久しぶりに我が家を訪ねてきた母が、冷蔵庫の扉に貼られた紙を見て言いました。
「何これ?」
そこには、手書きの文字でこう書いてあります。
「信じて見守る」
これは、私自身への戒めの言葉。子どもを育てる中で、つい注意したり指示を出したり、怒ってしまったりする自分がいます。
「ちゃんとした子に育てなければ」という焦りが、心のどこかにあるのでしょう。
けれども、田中茂樹さんの著書『子どもを信じること』に触れたとき、はっと気づかされたのです。
子どもを「変える」よりも、「信じて見守る」姿勢こそが、大切なのかもしれない、と。
言うは易く、行うは難し。
しかし、それでもなお「見守る」ことの意味を、私は探し続けたいのです。
変えられないことを受け入れる勇気
「神よ、変えられないことを受け入れる心の平静を、変えられることを変える勇気を、そしてそれらを見分ける英知を与えてください」
これは、神学者ラインホルド・ニーバーによる「ニーバーの祈り」として知られる言葉です。
子育てとは、子どもに何かを教え、導くことだと私たちは思いがちです。
けれども、時には自分が変わる必要があるのかもしれません。
心理学者・河合隼雄さんは『こころの処方箋』の中で、「何もしないことに全力を」という言葉を遺しました。
この「何もしない」は、放任とは異なります。沈黙の中に存在を預けること。
見守ることで、相手の内側から自然と芽吹く力を信じること。
子どもは、こちらの期待や心配を超えて、自分自身のやり方で世界を学び取ろうとしています。
その小さな営みに、私たちはどう応答できるでしょうか。
体験談:子育てにおける葛藤と気づき
ある日のこと。
息子が床にブロックを並べ、何かを作ろうとしていました。
思わず「こうしたら?」と口を挟みそうになった私。
しかし、ぐっと言葉を飲み込み、黙って見守ることにしたのです。
しばらくして、彼は自分なりの工夫を重ね、大きな塔を完成させました。
その表情は、実に誇らしげでした。
その瞬間、私の中にもある種の誇らしさがこみ上げてきました。
それは「手伝った」という達成感ではなく、「信じて待てた」という静かな満足感でした。
何もしないことは、時に不安を伴います。
「これでいいのか」と自問しながら、それでも見守るという選択をし続ける。
それが、親としての成熟の一歩かもしれません。
働く人々の心理的安全性と信じて見守ること
子どもに対してだけでなく、職場の人間関係においても、「信じて見守る」という態度は大きな意味を持ちます。
ハーバード大学のエイミー・C・エドモンドソンは「心理的安全性(Psychological Safety)」という概念を提唱しました。
これは、リスクを恐れずに意見を述べたり、質問をしたり、失敗を認めたりできる環境のこと。
信頼と尊重の土台があるからこそ、創造性や学習が生まれるのです。
かつての職場で、ある同僚が新しいプロジェクトを任されたことがありました。
彼は何度も「これでいいでしょうか?」と上司に確認していました。
けれども、その上司は的確なアドバイスをしつつも、最終判断は彼に任せていました。
その姿勢に、私は「信じて見守る」ことの力を見ました。
結果として、彼は自らの試行錯誤の末にプロジェクトを成功に導きました。
信頼の中でこそ、人は自らの力を発揮できるのです。
信じて見守るという行為の力
子どもに対しても、職場の仲間に対しても、私たちができる最も深いサポートは、「信じて見守る」ことなのかもしれません。
相手の中に眠る可能性を信じ、焦らず、干渉せず、しかしいつでも寄り添える距離にいること。
それは決して「何もしない」ことではなく、見えない努力を続ける静かな行為なのです。
「変えられないことを受け入れ、変えられることを見分ける知恵」を持ち、時には「何もしない」ことに全力を尽くす。
そんな姿勢が、人生のさまざまな場面で、誰かの成長を静かに支えているのではないでしょうか。
参考文献
- Edmondson, A. C. (1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383.
- エイミー・C・エドモンドソン著 野津智子訳 村瀬俊朗解説 (2019) 『恐れのない組織:「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』 英治出版
- 河合隼雄 (1998) 『こころの処方箋』 新潮文庫
- 田中茂樹 (2016) 『子どもを信じること』 日本評論社
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