
「筆箱を出してください。」
教師が教室で発するこの一言。
多くの子どもたちが何のためらいもなく行動に移すなかで、一人の子どもが手を止め、戸惑っています。
それは、その子にとって「筆箱」という音のかたまりが、まだ十分に意味として構成されていないからです。
「何をすればよいか」が、言葉の表面を越えて、まだ実感として結びついていないのです。
「黒板の字をノートに書き写す」という作業もまた、同様です。
たとえ視覚的には文字が読めていたとしても、言葉の意味が十分に理解されていなければ、その写し書きはつらく、意義の感じられない作業になってしまいます。
やがて集中力が切れ、注意がそれてしまうこともあるでしょう。
これは、特に外国につながる子どもたちが、日々の学校生活で経験している「ずれ」の一例です。
「聞こえているけれど意味がわからない」
「読めるけれど心に届かない」
このような状況にあるとき、支援者に求められるのは、意味を“ともに組み立てていく”姿勢です。
意味は“教えられる”のではなく、“構成される”
認知心理学者ジェローム・ブルーナーは、学習を「知識の伝達」ではなく、「意味の構成過程」として捉えました。
彼の構成主義的学習論では、子どもは与えられた情報をただ受け取る存在ではなく、自らの経験や社会的文脈と照らし合わせながら、意味を組み立てていく主体とされています。
たとえば「筆箱」という言葉も、辞書的な定義だけでは実感を伴いません。
「自分で使った」「友達とのやりとりで聞いた」「先生の行動と結びついた」といった具体的な体験を通して、初めて意味として根付いていくのです。
外国につながる子ども・発達特性のある子どもにとっての困難
困難の種類 | 内容 |
🈚️ 漢字やかなの習得 | 書き慣れていない文字は、読み取ることも書くことも難しい。 |
💬 言語理解の時間差 | 文の意味を理解するまでに時間がかかり、書き写すという行動が遅れる。 |
📖 書字のプレッシャー | 書き順、とめ・はね・はらい、バランスの正しさへの不安が強く、のびのび書けない。 |
🌐 読みと音の不一致 | 表記と発音が一致しない日本語特有の難しさに混乱する。 |
🕰️ 処理速度の違い | 言語理解と手の動きが噛み合わず、間に合わないことが多い。 |
🧠 発達過程のワーキングメモリ | 慣れない言語、得意でない言語の場合、記憶の保持が困難で、記憶できる分量が少な区なる。そのため、何度も黒板とノートの間で視線移動することになり、疲れを感じる。 |
心理支援と教育支援──ともに意味を育てるために
こうした困難に寄り添うには、次のような支援が有効です。
- 動作的・視覚的な支援
- 実物に触れたり、イラストや写真を用いた教材で意味づけを補う。
- 教室内で使う語彙には絵カードや視覚シンボルを併用する。
- スキャフォールディング(足場かけ)
- 子どもの理解や反応を見ながら、状況に応じたサポートを加える。
- 「一緒に読む」「一文ずつ確認する」「動作と結びつけて説明する」など段階的な支援。
- 成功体験の積み重ね
- 簡単な課題から始めて「できた」という感覚を積み重ねる。
- 苦手な教科では、思い切って2学年以上、あるいは簡単にできるレベルまで戻って、再開することで、「自分にもできる」という自己効力感を育む。
- 小さな達成をフィードバックとして明確に伝える。
学校以外の場でできる支援
- 母語と日本語の両方の本をそろえ、興味関心に合った本を一緒に選ぶ。
- 読書のあとに感想を話し合ったり、母語との対応を確認する時間を持つ。
- 宿題を一緒に読む際に、内容の意味をかみくだいて説明する。写真、絵、図鑑などを利用して言葉―動作―物のつながりを意識する。
- 書き取りや漢字練習も、なぞり書きや色分けなどの工夫を取り入れながら行う。
- 「読み取って→理解して→書く」流れを一緒に確認しながらサポートする。
- 農作業や料理体験を通して、語彙を体験と結びつけて学ぶ。
- 活動で使った道具や材料の名前を一緒に学び、絵日記などしたことや思ったことを絵日記として短い記録をする。
支援者は“意味をつくる伴走者”
支援者の役割は、「教える人」ではなく「ともに意味を見つけていく人」。 言葉が意味を持つ瞬間に立ち会い、子どもの理解のプロセスに寄り添うこと。 それが、言葉と心をつなぐ支援の出発点です。
参考文献:
- Bruner, J. S. (1966). Toward a Theory of Instruction. Harvard University Press.
- Bruner, J. S. (1990). Acts of Meaning. Harvard University Press.
- Wood, D., Bruner, J. S., & Ross, G. (1976). The role of tutoring in problem solving.
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