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「ママが恥ずかしい」というハーフの息子と、「日本人のママじゃなくてごめんね」と言う妻。その時、ボウルビィの「安全基地」が家族の救いになる


「学校では英語で話しかけないで」

「ママが外国人だってこと、友達には言いたくない」

小学2年生の息子からそう言われた時、私たち親は動揺します。「自分のルーツを否定するなんて」「愛情が足りなかったのか」と。

さらに、傷ついた妻から “Sorry I am not Japanese mom.”(日本人のママじゃなくてごめんね)などと言わせてしまった日には、父親として、夫として、無力感に打ちのめされるかもしれません。

ですが、子どもが「親を恥じる」のは、彼らが順調に育っている証拠であり、親への絶対的な信頼があるからこそ見せられる「甘え」なのです。

   

8歳児にとって、学校は「戦場」である

なぜ、彼らは隠そうとするのでしょうか。

日本の公立小学校という場所は、8歳の子どもにとって、大人が想像する以上に過酷な「同調圧力の戦場」です。「みんなと同じ」であることが正義であり、「違う」ことは攻撃の対象になり得るリスクをはらんでいます。

彼らが学校で「英語を隠す」「母親の話をしない」というのは、親を嫌っているからではありません。その戦場で生き延びるために身につけた、極めて知的な「処世術(鎧)」なのです。

   

ボウルビィが説く「安全基地」の機能

ここで、知っていただきたい重要な概念があります。

英国の精神科医ジョン・ボウルビィ(John Bowlby)が愛着理論において提唱した、「安全基地(Secure Base)」という考え方です。

子どもは、親という「安全基地」があるからこそ、不安な外の世界へと探索に出かけ、傷つけばそこへ戻ってエネルギーをチャージし、また外へと飛び出していくことができます。

問題なのは、彼らが傷ついて帰ってきた「基地(家庭)」でさえも、「ルーツに誇りを持ちなさい」「恥ずかしがるなんてダメだ」と正論で追い詰められてしまうことです。

それでは彼らは、重たい鎧を脱ぐ場所を失い、心身ともに疲弊してしまいます。

   

家で「鎧」を脱がせてあげるために

「安全基地」としての親の役割は、教育することではありません。

それは、ただ、受け止めることです。

「そうか、学校ではいろいろ聞かれて大変なんだな」

「隠したければ、全部パパのせいにすればいいよ」

私は、自分の息子にこう伝えています。

「パパがわがままでママと結婚した」

「パパが変だから」

と、全部父親のせいにしておけと伝えています。

そうやって「外の世界用の言い訳」という武器を持たせてやることが、今の彼にできる最大の守りだからです。

   

「ごめんね」ではなく「おかえり」を

もちろん母親は、謝る必要なんてありません。

母親として、妻として、堂々と笑顔でいること、そして父親が「変なパパ」として泥をかぶることが、家庭を最強の「安全基地」にします。

いつか彼が成長し、自分のルーツという翼で羽ばたく日が必ず来ます。

その時まで、私たちは子どもの「格好の言い訳」として、どっしりと構えていましょう。

外で戦う彼が、いつでも安心して帰ってきて、弱音を吐ける場所であるために。

それが、私たち親ができる、一番の応援なのです。


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