
水面下で育つ、子どもの考えるチカラ
「横について一緒にやれば、この子はできるんです。でも、一人ではやろうとしない」
「日本の学校の勉強なんて、やらせればできるのに、なぜやらないのか」
外国につながる子どもの保護者から、このような焦りと苛立ちの声を聞くことがあります。
しかし、あえて申し上げますと、子どもが嫌がっているなら、無理にやらせなくていいのです。
やらせる学習で引き出せるのは、「そこそこのレベル」
心理学の視点では、親が主導権を握って「やらせる学習」は、外発的動機づけ(怒られないため、褒められるため)に過ぎません。
これで到達できるのは、テストで平均点を取るような「そこそこのレベル」止まりです。
本人の内側から湧き出る「知りたい」という内発的動機づけがなければ、国境や文化の壁を超えて活躍するための「突き抜けた知性」は育たないのです。
カミンズの「氷山説」が教えること
「でも、言わないと本当に勉強しないんです」「習慣だって身につかないし」
その不安を解消するのが、トロント大学の言語学者ジム・カミンズが提唱した**「共有基底言語能力(CUPモデル/氷山説)」**です。
彼は、二つの言語(日本語と母語)は海の上では別々の氷山に見えるが、水面下では一つの巨大な土台(思考のタンク)で繋がっていると説きました。
外国につながる多くの子どもにとって、思考の軸となる「ドミナント言語(第一言語)」は、家庭で話す親の国の言葉であるケースが多々あります。
もし、お子さんが学校の宿題を嫌がっていても、家庭での会話や遊びを通じて、ドミナント言語で深く物事を考えているなら、水面下の氷山(思考力)は巨大に育っています。
彼らが日本の宿題を拒否するのは、怠慢ではなく、「高度に育った思考力(氷山の下)」を、まだ未熟な「日本語という出力装置(氷山の上)」で表現することへのストレスかもしれません。
「転移」を待つ
カミンズは、片方の言語で育った力は、もう片方の言語へ「転移」すると述べています。
ドミナント言語で「考える力」さえ育っていれば、本人が必要性を感じるつれて、その能力は日本語へと流れ込みます。
親がすべきは、嫌がる日本語を強制して親子関係を壊すことではなく、ドミナント言語による「思考の土台作り」を邪魔しないことです。
それは単に、「すでに持っている知識に、まだ日本語のラベルが貼られていないだけ」という状態です。いずれ、頭の中にある英語の知識を日本語に置き換える作業(転移)が起こるのです。
日本のテストで点数が取れないと、つい「何も分かっていない」と思いがちです。
ですが、本当のところは、英語で思考ができている子どもの頭の中には、すでに高度な概念(OS)が出来上がっていて、今はまだ、その中身を「日本語」というソフトウエアで出力できないだけなのです。
ですから、今は目先の点数に一喜一憂して親子関係をすり減らすよりも、「思考の土台(ドミナント言語)」を築かれていく時を見つけるように心掛けたいものです。

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