「正しく教えたい」気持ちはどこから来るのか──感情の“投影”と自己一致の心理学


うまく教えたい親心と、思うようにいかない子ども

子どもが何かに挑戦するとき、親として「うまく教えてあげたい」と思うのは自然なことです。

サッカーで、「ボールを蹴るとき、足の内側で蹴ると、コントロールがよくなるよ」

漢字の書き取りで、「ここは“とめ”だよ。“はらい”じゃないから、しっかりとめようね」

そんなふうにアドバイスをしても、子どもは思いきりつま先でボールを蹴り続けたり、勢いまかせに漢字を書いたりします。

野球がしたいと言いながら道具を探さず、今度はバドミントンを始めようとする。「やりたいって言ったのは君じゃないか」――そんな思いが、父親の胸に募っていきます。

怒りの裏にある、かつての“自分の声”

それでも、子どもはどこか満足げで、誇らしげな顔をしていたりする。

その姿に、ふと怒りがこみ上げ、思わず強い口調になってしまう。

そんな自分に、あとで自己嫌悪のような感情が押し寄せることもあるでしょう。

けれど、その怒りの奥には、もっと深い願いがあるのではないでしょうか。

たとえば、「間違ったやり方を正したい」と思う気持ちの裏には、自分自身がかつて「正しくあらねば」「失敗してはいけない」「認められたい」と懸命に努力してきた記憶があるのかもしれません。

迷惑をかけないように、笑われないように、周囲の期待に応えようとしてきた“あの頃の自分”が、子どもの奔放なふるまいや未完成な挑戦に触れたとき、ふと心の奥から呼び覚まされるのです。

その声が、自由にふるまう子どもや、未完成な挑戦に出会ったとき、ふいに呼び覚まされるのです。

「あなたのためを思って」──善意の言葉に潜むもの

「あなたのためを思って言ったのに」

「だまされたと思ってやってごらん」

これらの言葉に込めた想いは、善意であることに間違いはありません。

しかし、本当に“子どものため”だったのでしょうか?

もしかすると、“自分が安心したい”“後悔したくない”という気持ちが、どこかに含まれてはいなかったでしょうか。

メンタライゼーションが教えてくれること

発達心理学では、**他者の視点を想像する力(視点取得/perspective-taking)**が、子どもにとっても大人にとっても重要な発達課題だとされています。

「あなたのために」という言葉が、時に“子どもの気持ち”よりも“大人の正しさ”を前面に押し出すことで、気持ちのすれ違いが生まれてしまうこともあるのです。

また、「だまされたと思ってやってごらん」という言葉には、信頼を前提とする温かい気持ちも含まれる一方で、「あなたが判断する前に、とりあえず従ってほしい」という無言の圧力が働いている可能性も否定できません。

このように、子どもの行動が親の内面に揺さぶりをもたらす現象は、近年のメンタライゼーション理論(Fonagy et al., 2002)でも注目されています。

育ちのプロセスを信じるということ

親が子どもにイライラしたり、過剰に介入したくなる背景には、自分自身の感情や動機をどのように理解し、扱っているかという“内省の質”が深く関わっているのです。

とはいえ、「うまく教えたい」と思うこと自体は、決して悪いことではありません。

それは親としての自然な愛情であり、子どもの成長を願う気持ちのあらわれです。

大切なのは、そう感じた自分を否定せず、「私はなぜ、こんなにも“正しく教えたい”と思うのだろう」と、静かに自分の内面を見つめ直してみることかもしれません。

親子の間に生まれる“ずれ”は、すれ違いではなく、むしろ新しい対話の入り口です。

子どもを通して、私たちは過去の自分と出会いなおし、自分の価値観と対話し、親としての在り方を少しずつ育てていくことができるのです。

たとえば、「時間をかければできるようになる」とわかっていながらも、他の習い事や塾の予定が詰まっていて、どうしても焦ってしまう。

「成果が出ないなら、向いていないのではないか」「もっと合うものを探さなければ」と思ってしまう。

そんな焦りが、私たち親にもあるのかもしれません。

けれど、本当に大切なのは、時間をかけて育っていくプロセスそのもの。

うまくいかない試みも、気まぐれな選択も、そのすべてが「育ち」の一部です。

子どもが自分のペースで学び、つまずきながら前に進んでいけるよう、私たち親もまた「急がずに進む」ことの豊かさに気づいていけたら――その時間は、きっとかけがえのない親子の宝物になっていくことでしょう。

【参考文献】

  • Bowlby, J. (1988). A Secure Base: Parent-Child Attachment and Healthy Human Development. Basic Books.
  • Fonagy, P., Gergely, G., Jurist, E., & Target, M. (2002). Affect Regulation, Mentalization, and the Development of the Self. Other Press.
  • Winnicott, D. W. (1965). The Maturational Processes and the Facilitating Environment. International Universities Press.

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