遊びを通して学ぶ『勝ち負け』の本質と楽しさのバランス


  1. 子どもとの遊びに込められた親の思い

先日、7歳の子どもと将棋を指しました。自分の駒が取られると悔しがったり、親である私が劣勢になると喜んだりしながら、ルールや漢字を学びつつ楽しんでいました。子どもが「勝った!」と優越感や達成感を味わえる瞬間もあれば、負けて悔しがる姿を目にすることもあります。

そんな日常の中で、ふと考えることがあります──親が本気を出して勝つことで勝負事の厳しさを教えられるのだろうか、わざと負けてあげることは子どもにとってうれしいのだろうか、意味があるのだろうか。親が勝ちすぎると子どもは嫌になってしまわないだろうか。「勝つための挑戦と、楽しむことのバランスを、どう教えればいいのだろうか?」と。

勝負について、子どもと向き合いながら何かを伝えようとすることは、親としての試行錯誤がつきものです。かつて自分が育ってきた中で大切にしてきた「競争心」や「向上心」が、親としての役割においては必ずしもそのまま役立つわけではないと気づかされます。むしろ、子育ての中でそれらを手放し、柔軟に対応することが求められる場面もあるのです。

2. 真剣に勝負することの意義

遊びであっても、時には親が本気で勝負に挑むことが、子どもにとって大切な学びの機会になります。アメリカの心理学者**アルバート・バンデューラ(Albert Bandura)が提唱した自己効力感(self-efficacy)**という概念があります。これは、自分が何かを達成できる力への自信を意味します。真剣な勝負の中で、子どもが勝利するために工夫や努力をすることを通じて、この自己効力感が高まります。

また、「負ける悔しさ」を経験することは、子どもが挑戦する力を育む重要な機会でもあります。**内発的動機づけ(Intrinsic Motivation)**の概念(提唱者: エドワード・デシ(Edward Deci)とリチャード・ライアン(Richard Ryan))によれば、人は外的報酬ではなく、自分自身の楽しさや充実感を求めて行動するとされています。負ける経験が次への挑戦を促し、「もっと工夫して勝てるようになりたい」という内発的な動機を育むことがあります。子ども自身が「勝ちたい、やり遂げたい」と感じることが重要です。

このように、本気の勝負で得られる成功や失敗の体験は、単なる遊びを超えて、子どもが社会で必要な忍耐力や挑戦する姿勢を養う土台となるのです。

3. あえて負ける機会を作ることの意義

一方で、親があえて負ける機会を作ることで、子どもに「できた!」という成功体験を与えることも重要です。**B.F.スキナー(Burrhus Frederic Skinner)による正の強化(Positive Reinforcement)**理論に基づけば、望ましい行動の直後に適切な報酬や褒め言葉を与えることで、その行動の頻度が高まります。子どもにとっての報酬は、「勝てた!」という達成感や、「やればできる」という自信です。

ここで親に求められるのは、競争心をいったん手放す柔軟さです。**スコット・ペック(M. Scott Peck)**の著作『愛と心理療法』(The Road Less Traveled)では、親が意図的に「負ける」ことを選ぶことが、子どもが自己肯定感を育て、成長を支えるための重要な行動として描かれています。

競争心や向上心は、親自身の人生で大切な価値であり、それによって成長した経験があるかもしれません。しかし、親としての役割では、それを押し通すのではなく、柔軟に解きほぐし、子どもが安心して成長できる環境を提供する必要があります。あえて負けることや譲ることは、親としての弱さではなく、むしろ愛情と知恵に基づく選択です。

4. バランスを見極め、成長を支える親の役割

真剣に勝負することと、負けてあげること。これらのバランスを取ることは、親としての成長にもつながります。どちらか一方に偏ることなく、子どもが「勝負の厳しさ」も「遊びの楽しさ」も学べるよう、親は常に子どもの状況に合わせて柔軟に対応することが求められます。

この柔軟さは、**心理的適応(Psychological Flexibility)としても知られ、行動分析や臨床心理学で重視される能力です。提唱者であるスティーブン・C・ヘイズ(Steven C. Hayes)**は、この概念をアクセプタンス&コミットメント・セラピー(Acceptance and Commitment Therapy: ACT)の中核に据えています。心理的適応は、不快な感情や思考があっても、それにとらわれすぎず、状況に応じて効果的な行動を選択する力です。親としても、環境や状況に応じて接し方を変えることで、成長を支える柔軟な対応が可能になります。

バランスは、子どもの年齢や性格、気分によっても変わるため、一度の「正解」があるわけではありません。日々の遊びを通して、親としてもその日の子どもの様子を観察し、時には本気で、時には喜びを与えながら、成長を支えていくことが大切です。

遊びを通じて、子どもは「勝つ喜び」も「負ける悔しさ」も自然に受け入れるようになります。そして親もまた、自分の中にある競争心を柔軟に手放し、子どもの成長を後押しする知恵を身につけていきます。遊びの中で「本当の勝負」と「本当の楽しさ」を学べるように、私たち親もまた、日々の関わり方を磨き続けていきたいものです。

引用・出典

  1. バンデューラ, A. (1977). 「自己効力感(Self-Efficacy)」. Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change.
  2. スキナー, B.F. (1938). オペラント条件づけと肯定的強化(Positive Reinforcement). The Behavior of Organisms.
  3. ペック, M. S. (1978). 『愛と心理療法』(The Road Less Traveled).
  4. ヘイズ, S. C. (2004). Acceptance and Commitment Therapy: An Experiential Approach to Behavior Change.

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