「取引」に頼りたくなる育児の場面
育児において、忙しい時間帯や疲れているときほど、つい「これをしないとあれはできないよ」と条件をつけて子どもに言うことを聞かせたくなる瞬間があります。
例えば、「片付けないと、おもちゃを捨てるよ!」「お風呂に入らないと、デザートはなしだよ!」といった、いわゆる「取引的対応」が多くの家庭で日常的に起こっているのではないでしょうか。
こんな言い方がよくないなんてわかっている。わかっているけれど、特に疲れていたり、時間が迫っていると、ついつい言ってしまうんですよね。いつもこんな指示をしているわけではない。なんとかして子どもに動いてほしいだけなんだ。やらなければいけないんだから・・・。という切実な思いがあります。そうして、“片付けるー片付けない”、“テレビを見るー見ない“という、激しいやりとり(?)の後、なんとも言えない気まずい空気と言い過ぎたなという思いが残ってしまうのです。
たしかに、このような強行的手段は、一時的な効果があるかもしれません。しかしながら、長期的に見た場合、親子関係や子どもの自発的な行動への影響は少し心配な部分があります。
この取引的対応に代わる方法として、「自己効力感」の育成と「共感的理解」が有効です。これは、子どもが自分の行動に責任を持ち、自ら進んで行動するための基盤をつくる方法です。子どもが自分に対して「できる」と感じるように促すための大切なステップです。
「自己効力感」を育むアプローチ
自己効力感(Self-Efficacy)とは、心理学者アルバート・バンデューラによって提唱された概念です。「自己効力感」とは、自分の力で物事ができるという感覚です。もっと言うと、『自分にはできる』と感じる気持ちです。この感覚が育つと、親の指示がなくても、子どもが自発的に行動できるようになります。
子どもにこの自己効力感を育てるためには、まず親が「できないとだめ」ではなく、「できたらうれしいね」というニュアンスで働きかけることが重要です。例えば、子どもが何かに挑戦しているとき、できる・できないにかかわらず、「やってみよう」と促し、取り組み自体を称賛することで、子どもが自分の力に気づけるようにするのです。
自己効力感を育てるための声かけは、「○○できると気持ちがいいよね」といった表現が効果的です。例えば、「おもちゃを片付けたら、すっきりするよ」と伝えることで、子どもが片付けをすると達成感を感じることができます。
このとき、できたことに対して「すごいね」「やったね」と言うのではなく、できた行動の結果として、子ども自身の満足感に気づき、自分の達成感につながるように言葉がけをします。
上記以外にも、次のような声かけが考えられます。
「最後までやりきると、完成したときの気持ちがいいね」
「おもちゃを片付けると、部屋が広くなって遊びやすくなるね」
「自分で考えてできたときは、うれしい気持ちになるよね」
このように、行動の結果やその後の心地よさに焦点を当てることで、達成感や満足感が子どもの内側から湧き上がり、自然と自己効力感が育まれるようになります。「すごいね」「えらいね」といった評価的な言葉を避け、達成感や心地よさを感じ取れるような言葉がけを意識すると、自分の行動が意味あるものと子ども自身が実感しやすくなります。
感情的なリセットとリフレーミングの重要性
とはいえ、取引に頼らない育児は理想的ですが、実際には難しい場合もあります。疲れているときや時間が迫っているときなど、親もつい取引的対応に頼りたくなる瞬間があるでしょう。そんなときこそ、「リフレーミング」という方法で気持ちを切り替えることが役立ちます。リフレーミングとは、物事を異なる視点から見直すことで、感情のリセットを図る方法です。
心理学者カール・ロジャーズの「共感的理解(Empathic Understanding)」もこのリフレーミングに有効です。共感的理解は、相手の気持ちに寄り添いながら、対話を通じてお互いの理解を深めるという方法です。
例えば、子どもが「まだおもちゃで遊びたい」と言っているとき、「もう片付けなさい」と言う代わりに、「おもちゃで遊ぶのは楽しいよね。もっと遊びたいよね。でも、もうすぐ寝る時間だから、お風呂に入ろうね」と受け入れ(受容)と共感を示すことです。
このように、お子さんが自分の気持ちを表現したときに、その気持ちを受け入れ、共感を示すことで、子どもが「自分の気持ちが大事にされている」と感じてもらう体験が大切です。親のその姿勢が、子どもにとっての安心感や信頼感につながります。「親の言うことを聞いても大丈夫」という心理的な安全を育むのです。
以下は、具体的な言葉かけの例です。
「まだ遊びたい」→「そうだよね、楽しいとずっと遊んでいたくなるよね。でも、次の時間までには片付けないといけないから、一緒に片付けてから続きを考えようか。」
「もっとテレビが見たい」→「テレビ、続きが気になるよね。でも、時間がきたから今日はここまでにしよう。次に見るときの楽しみにとっておこうね。」
「弟/お兄ちゃんがずるい」→「そう感じるときもあるよね。自分も同じようにしたいよね。でも、みんなの順番があるから、それを待っているのも、すごく大変なことなんだよ。」
「習い事が、嫌だ」→「そうなんだ、習い事が嫌に感じることもあるよね。今日は何か特に嫌なことがあったのかな?教えてくれると嬉しいな。」
「自由時間がほしい」→「自由な時間があると、自分の好きなことができて楽しいよね。時間の使い方を一緒に考えて、自由時間も作れるようにしようか。」
このように、まずは子どもの気持ちに寄り添い、共感する姿勢を示すことで、「自分の気持ちが大事にされている」と感じてもらえます。そして、やるべきことや時間の約束についても、次の行動を提案しながら無理のないように促していくと、気持ちの切り替えがしやすくなります。
「自己効力感」と「共感的理解」が育む親子関係
自己効力感を育てる関わりと共感的理解を取り入れることで、取引に頼らない育児を実現しやすくなります。自己効力感は、子どもが自分で行動を選択し、自らの意思で物事に向かう力を養います。そして、共感的理解は、親が「待つ力」や「受け入れる力」を発揮するための土台になります。子どもにとって親はいつも自分を尊重し受け入れてくれる存在であると感じられるようになります。
育児パパ社員や日常でのストレスが多い親にとっても、こうした方法は役立ちます。取引に頼らず、自己効力感と共感的理解に基づいた対応ができることで、親自身のストレスも軽減し、信頼関係を土台とするより健全な親子関係を築くことができるでしょう。
特に忙しい日々の中で、つい「取引」に頼ってしまう瞬間もあるかもしれませんが、少しずつ自分の感情をリセットし、子どもの力を信じることができるようになれば、親としても新たな成長を感じられるようになるはずです。
最後に
取引に頼らない育児を目指す中で、自己効力感や共感的理解に基づいた関わり方を実践するためのアドバイスやヒントが必要な方は、ぜひ「あしあとカウンセリング」にご相談ください。お子さまの発達段階や保護者様の状況に合わせた具体的なアプローチをご一緒に考え、前向きな一歩を見つけていきましょう。
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